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KCON WALKER

インド・バングラディシュ・タイ・ミャンマーの橋梁・社会基盤構造物視察団(タイ編)

 バンコク市内の電柱にも多くの線が架橋されている。使用しているもの、使用していないものが判らない状態だそうだ。電柱が重たそう・かわいそう。この様子はベトナムにおいても同じ光景を見た(写真-54)。

  写真-54架空線

 

9月25日 バンコク ガイドさんはオームさん

 ホテルを10時に出発し、飛行時間2時間半、時差1時間 バンコクに現地時間17時に着く。

 

貨幣価値 1バーツ:約3.5円

仏教徒が90%

空港を出たとき5年前に来た時と町並みが随分違っており、夕闇迫るバンコクの夜景は美しかった。

1.高層ビルが随分多くなり、一番高いビルはBMW ACTIVE HYBPID HOTEL309m で高くそびえている(写真-55)。

2.部分的には名残があるが、街全体が綺麗。

3.車道の区画ラインが消えていない。すなわち、レーンを守って走行している証拠ではないか。

4.走行車両のクラクション音がほとんどない。今までの二国と大きく異なるところだ。

  写真-55地上309mのビル

 

 

 9月26日 午前中市内観光 

1.ワット・フラケオ(王宮):220年前築造、エメラルドブッダが飾られている(写真-56)。

 バンコクの季節は夏季・雨季・冬季の3シーズンで、9月・10月は雨季である。

2.ワット・アルン(暁の寺):324年前にアンコールワットを真似て作られた(写真-57~59)。

 タイでは王様の一族といえども、20歳になれば僧にならなければならない。

 3.ネハンソー:釈迦像が横になっている(45m×15m)。ネハンソー三世が40年掛かって築造した(写真-60)。

 昨年の洪水時には川の水位が1~2m上昇し、川沿いに建つ塀の天端近くまで上昇したそうだ。また、船乗り場まで通じるお土産物屋さんの通路(写真-61)は足場板を敷いて高くしてあるが、ここは完全に水没したとか、ガイドさんの説明。

 チャオプラヤ川の橋梁群は戦後補償により架橋されたものが多い。二重線アンダーラインは日本からの円借款によって建設・補修されたもので、合計13橋ある。{案内:㈱長大顧問・秋山春樹さん}

 チャオプラヤ川に架かる橋、上流より

  パトムタン橋

  メンタゴリ橋

 ラマ世橋(パックレット橋)

  プラ・ナンクラオ橋

  ラマ五世橋

  ラマ七世橋

  ラマ六世橋

  クルトン橋(1958年)

  ラマ八世橋

  プラ・ピンクシオ橋(一番古い橋)

  メモリアル橋(5m程度持ち上げたい・桁下を高くしたい)

  ブラボックラ橋

  プチ・チャオ・タクシン橋

  ラマ三世橋

  クランプテープ橋

  産業・環状道路橋

 

 バンコク北部から南部にかけてチャオプラヤ川西岸地域は農地の宅地化、商業化が進み、交通量が増大する一方、チャオプラヤ川を渡る橋は十分に整備されておらず、渋滞が深刻化していた。

 1991年以降、円借款事業を含み、チャオプラヤ川西岸地域とバンコク市内を含む新たな通勤・通学・物流ルートの役割を果たしている。

 図-6チャオプラヤ川に架かる橋

 

バンコク首都圏を流れるチャオプラヤ川では既存のラマ九世橋より下流には横断橋梁が無く、両岸を結ぶ交通はフェリーだけだった。そのため、サムットプラカーン地区の工業地域とチャオプラヤ川沿いにあるバンコク港間を直結する片側1車線の道路は、交通渋滞のため物流の運搬効率が低下していた。日本は、サムットプラカーン地区において、チャオプラヤ川横断橋の建設、旧線路敷道路の改良、バンコク外郭環状道路への延長道路建設を支援した。この協力により、交通渋滞の解消、物流効率性の向上、道路ネットワークの構築に寄与した。図-6はチャオプラヤ川に架かる橋

 写真-62蛇神ナーガを引く戦士

 

上記写真はタイの飛行場に展示されていたもので、人が蛇を持っている。カンボジアのアンコールトム(トムとは街のこと)の門前にこのような石像があったことを記憶する。

(次回へつづく)