KCON WALKERケイコン社員のはんなりブログ
ツール・ド・おきなわ初参戦記
総務部 Y.N
コロナ禍の運動不足を機に始めた趣味のロードバイクももうすぐ5年。
練習会、イベントを通じて色んなご縁を頂く中で「ツール・ド・おきなわ」に毎年参加されている諸先輩方に憧れて、いつか自分も出てみたいと思うように、そして念願叶って参加することになりました。
🌺ツール・ド・おきなわ――挑戦が集う舞台
「ツール・ド・おきなわ」は、毎年11月に開催される日本最大級のロードレースです。
国内外から2,000人を超えるサイクリストが集まり、最長200kmにもおよぶ沖縄本島のコースを駆け抜けます。
沿道の「がんばれ!」という声やボランティアの笑顔に背中を押されながら、参加者はそれぞれの限界に挑みます。
さらに、この大会は、速さを競うだけの場ではありません。
自分自身との対話であり、人と人との温かいつながりを感じられる挑戦です。
その挑戦を包み込むように、沖縄の空と海がいつも見守ってくれるそうです。

✈️大会前日――南の島へ、ロードバイクとともに
そんな憧れの舞台に挑むべく、土曜日の朝一番の飛行機で沖縄へ向かいました。
ロードバイクを持っての移動はなかなか大仕事ですが、ANAはサイクリストにとても優しく、スタッフの方が手際よく対応してくださり、安心して預けることができました。


那覇空港に到着、最高気温は29℃と夏に逆戻りです。
レンタカーを受け取り名護へ向けて北上。
途中、沖縄の同業社が運営している恩納村の「シーサイドドライブイン」に立ち寄りました。
看板猫の“小次郎くん”が、堂々とした(というか少々ふてぶてしい)姿でお出迎え。
チャップステーキと名物スープをいただき、エメラルドブルーの海を眺めながら過ごす時間はまさに南国のご褒美。
米軍文化の香りが残る店内はどこかノスタルジーで、旅の始まりにぴったりの一軒でした。



名護に到着してからは、自転車を組み立て前日受付へ。
ここでどうしても会っておきたかったのが、私の地元・岡山のサイクルショップのスタッフ名越さん。
彼はショップを代表して、ツール・ド・おきなわの公式サポートを長年務めています。
「名護市で名越(なごしでなごし)」という、これ以上ない再会の舞台で(笑)
組み立て後に気になっていたフロントブレーキをしっかり整備してもらいました。
おかげで機材の不安はゼロ。
あとは思い切りペダルを踏むだけです。
大会前の緊張の中にも、人の温かさに支えられていることを感じた一日でした。


🚴♂️レース当日――南国の朝、心拍急上昇
参加したのは「50kmフォーティ(40歳代)の部」。エントリーは87人。
朝4時に起きて、おにぎり2個とバナナとヨーグルトを口に入れ、まだ暗い中を自転車で会場へ向かう――そんな予定でした。
ところが、外に出た瞬間、まさかの雨。
天気予報では晴れのはずだったのに……さっそく南国の洗礼を受けます(泣)。
自走をあきらめて車で会場入りし、体を冷やさないようにギリギリまで雨宿り。
整列時間6時30分の10分前に待機場所へ向かうと、すでに多くのバイクが並んでいました。


スタート地点へ誘導されると、胸の鼓動がドクドクと速くなるのを感じます。
何もしていないのに心拍はすでに100オーバー。
今まで出たどのレースよりも、緊張している自分がいました。


そして7時、スタートの合図。
太鼓の音が鳴り響き、会場全体が一気に熱を帯びます。
最初の数キロほど先導車の後ろで隊列を整え、いよいよリアルスタート。
噂通り、最初から“バチバチ”です。
ペースはなんと時速50kmオーバー。
「本当にみんな40代?」とツッコミたくなるほどのスピード。
心拍はあっという間に170を超え、すでに全力。
それでも、先頭集団から遅れたら勝負は終わり。
出し惜しみは禁物です。
12km地点を過ぎたころ、ようやくペースが落ち着き、集団は半分以下に。
次の勝負どころは20km地点、美ら海水族館付近の坂。
ここは事前に「セレクション(集団が分かれる局面)」になると予想していたので、集団の前方をキープ。
ここでも力を惜しまず踏み込み、なんとか先頭に食らいつきました。
この時点で残ったのは20人ほど。
坂を越え、下りに入ると、少しでも体力を回復させるために“ドラフティング”へ。
(※ドラフティングとは、前の選手のすぐ後ろにつくことで風の抵抗を減らし、体力を温存する走法です。)
ロードレースでは、この駆け引きが大きな差を生みます。
しかし次の難所、今帰仁(なきじん)の坂で再びペースが急上昇。
ここでついに先頭から離れてしまいました。
先頭は5人、私が入った第2集団は15人。
このままでは表彰台どころか、レースが終わってしまう。
そのとき、オフィシャルカーが告げました。
「先頭との差、15秒!」
15人いれば、1人1秒ずつ詰めれば追いつける――計算は単純です。
誰も諦めませんでした。
個人戦でありながら、ここでは仲間のように協力し、声がけして全員でローテーションを回します。
集団の先頭に立った選手が全力で風を切り、次々と交代していく。
敵同士なのに助け合う――それが他の競技にはないロードレースの魅力なのです。
そして残り8km。
ついに、先頭集団に追いつくことができました!
最後の力を振り絞り、ペダルを踏み込みます。
海風の向こう、歓声が聞こえるゴールを目指して――。
🏁ゴールとその先――全力の先に見えた景色
先頭集団に追いついたあとは、すぐにアタックがかからないか注意しながら合流しました。
最後の坂を越えれば、あとはゴールに向かうだけ。
例年はラスト2kmで一気にペースが上がり、ゴールスプリントへ突入するようです。
私も逃げや動きがないか前方で警戒しますが、周りは静かに見合っている状態――まさに“嵐の前の静けさ”です。 残り1kmを過ぎると、ついに1人の選手がスプリント開始。
その合図で全員が一斉に加速します。
無酸素領域で呼吸はしんどく、脚は悲鳴を上げています。
もともとスプリンターではない私は優勝は諦めつつ、少しでも上位にとゴールスプリントに食らいつきます。
スプリント力の桁違いさに圧倒されつつも、全力を振り絞ってペダルを回しました。
そして――ゴール!
身体の力はもう残っていません。
フラフラになりながらも、共に走った選手たちと「無事に完走できた!」と称えあいます。

記録証を受け取り、順位を確認すると、なんと10位。
大会2週間前にぎっくり腰で練習に制限があったにもかかわらず、先頭集団に食らいつくことを目標に挑んだレースで、この結果は自分にとって大きな自信となりました。
この経験があるのは、諦めず最後まで一緒に走った選手たち、大会を支えてくださったスタッフ、沿道で声援を送ってくれた地元の方々、そして日頃から練習を共にしてくれる仲間、ケイコンの会社の皆さんのおかげです。
心から感謝しています。本当にありがとうございました。
ロードバイクという趣味を持ち、こうして挑戦しなければ味わえなかった経験は、まさに人生の宝物です。
来年も必ず、ツール・ド・おきなわのスタートラインに立ちたい――そう強く思える大会でした。

